自然再生の視線の先に見えるものは… 「自然再生は、現在失われつつある自然(生態系)を回復すること」、それだけなのでしょうか?いいえ、それだけが目的ではありません。
私たち人間は、これまでずっと自然とふれあうなかで、生活・文化・産業・歴史をつむいできました。私たちが自然を失いつつあるということは、これらを失うことにつながるのです。何となく壮大な話のようにも聞こえますが、少しイメージしてみれば、私たちの身近な問題だということがわかります。
「森は海の恋人」―1970年頃、宮城県の海では年々魚介類が採れなくなっていたそうです。そこで、1989年に地元の漁師さんたちは、海へ流れこむ河川をさかのぼり、山の整備をはじめました。また、松永(1993)はその海に流れこむ河川の上流域の森林の荒廃がその原因の1つであると科学的に指摘しました。このように、海に関わるみんなが集まって、この有名なスローガンが造り出されました。近年、この考え方への認知が全国各地で高まり、生活と自然との関わりの深さが改めて理解されようとしています。
「♪めだかの学校は川のなか」―この有名な童謡の1フレーズですら、いま、親の世代と子どもの世代の間で通じなくなりつつあります。メダカは絶滅危惧・類(VU)に数えられ、私たちの身近な川から姿を消しつつあります。自然を失うことによって、私たちは世代間の文化の継承すら難しくなっているのです。
このように、ほんの少し考えただけでも、「身近な自然が損なわれることで、私たちの生活や生産活動を支える生態系のサービスなどを惜しみなく与えてくれる『健全な生態系』の存続が危うくなり、他方で、その土地で連綿と途絶えることなくつづいてきた自然と文化の相互作用の歴史の断絶が生じようとしている」(鷲谷,2003)ということがわかります。私たちは、自分たちの生活・文化と密接な関係にある身近な自然を失いつつあるのですが、それは私たちの心の拠り所の喪失にほかならないのです。
つまり、私たちと切っても切れない関係にある自然を再生するということ、その視線の先には、私たちの生活・文化等を再生し、地域を再生することが想定されているのです。
【参考文献】松永勝彦(1993)
『森が消えれば海も死ぬ―陸と海を結ぶ生態学』講談社
鷲谷いづみ・草刈秀紀(2003)
『自然再生事業―生物多様性の回復を目指して』築地書館
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